【使徒行伝26:6-8】
26:6 今わたしは、神がわたしたちの先祖に約束なさった希望をいだいているために、裁判を受けているのであります。
26:7 わたしたちの十二の部族は、夜昼、熱心に神に仕えて、その約束を得ようと望んでいるのです。王よ、この希望のために、わたしはユダヤ人から訴えられています。
26:8 神が死人をよみがえらせるということが、あなたがたには、どうして信じられないことと思えるのでしょうか。

人は今生きておられ、実際にこの地にまた私自身や人々の人生に関わりを持って、働きかけられる神を知った時、人生が変わります。
それはそれまでの人生が【使徒行伝26:4,5】とパウロ自身が証しているように、彼の中で決して神に逆らおうとして信仰生活を送って来たのではなく、むしろ厳格に保とうとして来たものであり、それを正しい道だと信じて歩んで来たのだとしても。
そして、彼は信仰がなかったからではなく、熱心だったからこそ【使徒行伝26:9-11】と語るように彼はクリスチャン達に酷い迫害を加え続けてきたのだとしても。
しかし、彼は今生きておられ直接パウロの人生に働きかける、主イエスの語りかけを直接聞き、イエスキリストに出会って、彼の人生は根底からその全てが変わってしまったのです。彼は主イエスを知ったのです。
このことは私達の信仰生活にとって、とても重要なことです。
私達がいくらキリスト教の信仰に熱心で、キリスト教の慣習に、またキリスト教の知識を積み、精通していても、またそれらにどれほど忠実であったとしても、後に彼が【ピリピ3:5-8】と語っているように、主イエスキリストを本当に知った時、その全てが無意味なものであることを知るのです。
キリストを知るということの価値に打ち振るえ、人生の全ての考え方が変わってしまうのです。
主イエスが召す生き方以外を生きようとは決して思えなくなってしまうのです。
人の価値をはるかに超えた、神の御思いの尊さに、その広さ、長さ、高さ、深さに、人の思いは打ち砕かれてしまうのです。そしてこの方のみを心から「私の主人である」とキリストの奴隷としての生き方を、愛の故に選ばざるを得なくなってしまうのです。
主の愛の深さと、その方の偉大さを知り、さらにはそこから自らに望まれた、主ご自身が私の人生を歩かれ、主ご自身が私の人生の中に主の栄光のみを現すという生き方に、捕らえられてしまうのです。
パウロはそのように主イエスの僕としての生涯を、愛をもって誇り生き続け、自らの人生を全うしたのです。【ローマ1:1】
ヨハネはこの主との交わりを【1ヨハネ1:1-4】とまるでここに生きている神と、深く深く今現在交わり続けて知っている神について表すように、彼自身が知るイエスキリストを証ししているのです。
そこに命があるのです。
いやそこにしか命は存在していません。
その命しか人を生かすことができない、この命たる神の霊から発せられた言葉のみが人を生かすのです。

【ヨハネ6:63】
6:63 人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である。

ですから、パウロの真実の証しは、主イエスキリストを真に知る者として、命を持って、アグリッパ王を刺し貫いたのです。十字架に向かって。【使徒行伝26:28】
そして、今この言葉がこの地に必要とされています。
なぜなら、世は私達が思う以上に罪へと進み、誰も止めることのできない滅びの結論へと日々突き進んでいるのです。
時はすでに熟しているのです。【ヨハネ4:35-38】
誰がこの言葉を託され、この言葉を伝えるでしょうか。【マタイ24:42-51】
キリストを知る全ての者は、今この言葉を委ねられています。
主をそのように知らない者にも、主はご自身に近づき、ご自身に全てをささげて従い来る者に、ご自身と共に親しく交わりながら生きる弟子としての道を用意されるのです。【マタイ19:21-29】
何をすべきか主に祈りましょう。
その時主はパウロに語りかけられたように、私達が主の僕としてするべきことを語りかけてくださるでしょう。それがたとえ実際に言葉をもって伝えることでなかったとしても、その姿で主イエスの言葉を語り証しするでしょう。
共に今生きておられる主イエスにひざまづき祈りましょう。


※聖書の参照箇所です。
ご一緒にご覧ください。

【ピリピ3:5-8】
3:5 わたしは八日目に割礼を受けた者、イスラエルの民族に属する者、ベニヤミン族の出身、ヘブル人の中のヘブル人、律法の上ではパリサイ人、
3:6 熱心の点では教会の迫害者、律法の義については落ち度のない者である。
3:7 しかし、わたしにとって益であったこれらのものを、キリストのゆえに損と思うようになった。
3:8 わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。

【ローマ1:1】
1:1 キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから__

【1ヨハネ1:1-4】
1:1 初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て手でさわったもの、すなわち、いのちの言について__
1:2 このいのちが現れたので、この永遠のいのちをわたしたちは見て、そのあかしをし、かつ、あなたがたに告げ知らせるのである。この永遠のいのちは、父と共にいましたが、今やわたしたちに現れたものである__
1:3 すなわち、わたしたちが見たもの、聞いたものを、あなたがたにも告げ知らせる。それは、あなたがたも、わたしたちの交わりにあずかるようになるためである。わたしたちの交わりとは、父ならびに御子イエス・キリストとの交わりのことである。
1:4 これを書きおくるのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるためである。

【ヨハネ4:35-38】
4:35 あなたがたは、刈入れ時が来るまでには、まだ四か月あると、言っているではないか。しかし、わたしはあなたがたに言う。目をあげて畑を見なさい。はや色づいて刈入れを待っている。
4:36 刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。まく者も刈る者も、共々に喜ぶためである。
4:37 そこで、『ひとりがまき、ひとりが刈る』ということわざが、ほんとうのこととなる。
4:38 わたしは、あなたがたをつかわして、あなたがたがそのために労苦しなかったものを刈りとらせた。ほかの人々が労苦し、あなたがたは、彼らの労苦の実にあずかっているのである」。

【マタイ24:42-51】
24:42 だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。
24:43 このことをわきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、目をさましていて、自分の家に押し入ることを許さないであろう。
24:44 だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。
24:45 主人がその家の僕たちの上に立てて、時に応じて食物をそなえさせる忠実な思慮深い僕は、いったい、だれであろう。
24:46 主人が帰ってきたとき、そのようにつとめているのを見られる僕は、さいわいである。
24:47 よく言っておくが、主人は彼を立てて自分の全財産を管理させるであろう。
24:48 もしそれが悪い僕であって、自分の主人は帰りがおそいと心の中で思い、
24:49 その僕仲間をたたきはじめ、また酒飲み仲間と一緒に食べたり飲んだりしているなら、
24:50 その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰ってきて、
24:51 彼を厳罰に処し、偽善者たちと同じ目にあわせるであろう。彼はそこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。

【マタイ19:21-29】
19:21 イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。
19:22 この言葉を聞いて、青年は悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。
19:23 それからイエスは弟子たちに言われた、「よく聞きなさい。富んでいる者が天国にはいるのは、むずかしいものである。
19:24 また、あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。
19:25 弟子たちはこれを聞いて非常に驚いて言った、「では、だれが救われることができるのだろう」。
19:26 イエスは彼らを見つめて言われた、「人にはそれはできないが、神にはなんでもできない事はない」。
19:27 そのとき、ペテロがイエスに答えて言った、「ごらんなさい、わたしたちはいっさいを捨てて、あなたに従いました。ついては、何がいただけるでしょうか」。
19:28 イエスは彼らに言われた、「よく聞いておくがよい。世が改まって、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさばくであろう。
19:29 おおよそ、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受けつぐであろう。

【使徒行伝26:2-29】
26:2 「アグリッパ王よ、ユダヤ人たちから訴えられているすべての事に関して、きょう、あなたの前で弁明することになったのは、わたしのしあわせに思うところであります。
26:3 あなたは、ユダヤ人のあらゆる慣例や問題を、よく知り抜いておられるかたですから、わたしの申すことを、寛大なお心で聞いていただきたいのです。
26:4 さて、わたしは若い時代には、初めから自国民の中で、またエルサレムで過ごしたのですが、そのころのわたしの生活ぶりは、ユダヤ人がみんなよく知っているところです。
26:5 彼らはわたしを初めから知っているので、証言しようと思えばできるのですが、わたしは、わたしたちの宗教の最も厳格な派にしたがって、パリサイ人としての生活をしていたのです。
26:6 今わたしは、神がわたしたちの先祖に約束なさった希望をいだいているために、裁判を受けているのであります。
26:7 わたしたちの十二の部族は、夜昼、熱心に神に仕えて、その約束を得ようと望んでいるのです。王よ、この希望のために、わたしはユダヤ人から訴えられています。
26:8 神が死人をよみがえらせるということが、あなたがたには、どうして信じられないことと思えるのでしょうか。
26:9 わたし自身も、以前には、ナザレ人イエスの名に逆らって反対の行動をすべきだと、思っていました。
26:10 そしてわたしは、それをエルサレムで敢行し、祭司長たちから権限を与えられて、多くの聖徒たちを獄に閉じ込め、彼らが殺される時には、それに賛成の意を表しました。
26:11 それから、いたるところの会堂で、しばしば彼らを罰して、無理やりに神をけがす言葉を言わせようとし、彼らに対してひどく荒れ狂い、ついに外国の町々にまで、迫害の手をのばすに至りました。
26:12 こうして、わたしは、祭司長たちから権限と委任とを受けて、ダマスコに行ったのですが、
26:13 王よ、その途中、真昼に、光が天からさして来るのを見ました。それは、太陽よりも、もっと光り輝いて、わたしと同行者たちとをめぐり照しました。
26:14 わたしたちはみな地に倒れましたが、その時ヘブル語でわたしにこう呼びかける声を聞きました、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。とげのあるむちをければ、傷を負うだけである』。
26:15 そこで、わたしが『主よ、あなたはどなたですか』と尋ねると、主は言われた、『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
26:16 さあ、起きあがって、自分の足で立ちなさい。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしに会った事と、あなたに現れて示そうとしている事とをあかしし、これを伝える務に、あなたを任じるためである。
26:17 わたしは、この国民と異邦人との中から、あなたを救い出し、あらためてあなたを彼らにつかわすが、
26:18 それは、彼らの目を開き、彼らをやみから光へ、悪魔の支配から神のみもとへ帰らせ、また、彼らが罪のゆるしを得、わたしを信じる信仰によって、聖別された人々に加わるためである』。
26:19 それですから、アグリッパ王よ、わたしは天よりの啓示にそむかず、
26:20 まず初めにダマスコにいる人々に、それからエルサレムにいる人々、さらにユダヤ全土、ならびに異邦人たちに、悔い改めて神に立ち帰り、悔改めにふさわしいわざを行うようにと、説き勧めました。
26:21 そのために、ユダヤ人は、わたしを宮で引き捕えて殺そうとしたのです。
26:22 しかし、わたしは今日に至るまで神の加護を受け、このように立って、小さい者にも大きい者にもあかしをなし、預言者たちやモーセが、今後起るべきだと語ったことを、そのまま述べてきました。
26:23 すなわち、キリストが苦難を受けること、また、死人の中から最初によみがえって、この国民と異邦人とに、光を宣べ伝えるに至ることを、あかししたのです」。
26:24 パウロがこのように弁明をしていると、フェストは大声で言った、「パウロよ、おまえは気が狂っている。博学が、おまえを狂わせている」。
26:25 パウロが言った、「フェスト閣下よ、わたしは気が狂ってはいません。わたしは、まじめな真実の言葉を語っているだけです。
26:26 王はこれらのことをよく知っておられるので、王に対しても、率直に申し上げているのです。それは、片すみで行われたのではないのですから、一つとして、王が見のがされたことはないと信じます。
26:27 アグリッパ王よ、あなたは預言者を信じますか。信じておられると思います」。
26:28 アグリッパがパウロに言った、「おまえは少し説いただけで、わたしをクリスチャンにしようとしている」。
26:29 パウロが言った、「説くことが少しであろうと、多くであろうと、わたしが神に祈るのは、ただあなただけでなく、きょう、わたしの言葉を聞いた人もみな、わたしのようになって下さることです。このような鎖は別ですが」。