『一発逆転』通信

あなたの生活に豊かな彩を・・・ Jesus, You're the Center of my joy.

2010年05月

詩「えんぴつ」

「えんぴつ」

ある日の僕は まるでペン立てに入れられた
一本のえんぴつのような気分だった
それはかつては愛せられ
忘れ去られ 今はただ独り
孤独に立ち続けているような
まだ削りさえすれば
まだ描きさえすれば
無限に可能性を秘めて
あらゆるものを作り出すことができるのに
と呼べど。叫べど。
私を思い出す者はいない。
私を愛した者はいない。。。


《伝道者の書 4:7,8》
わたしはまた、日の下に空なる事のあるのを見た。
ここに人がある。ひとりであって、仲間もなく、子もなく、兄弟もない。それでも彼の労苦は窮まりなく、その目は富に飽くことがない。また彼は言わない、「わたしはだれのために労するのか、どうして自分を楽しませないのか」と。これもまた空であって、苦しいわざである。

渇き

主よ
不安と焦りが胸を締め上げ
苦しみで私の心は悲鳴をあげる
主よ・・・
この私を満たし得るものは何か
何ものでもない
何ものも満たし得ない
あなたの他に何の意味があるのか
心が渇きでひび割れてゆく
主よ・・・・・・
声も枯れ
祈りがただ呻(うめ)きとさえなったとき
内に響き来る あなたの声を聞く

「わたしは渇く」

私の苦しみを身に受け
十字架の上にあなたの声を聞く

「わたしは渇く」

ああ あなたこそ 渇いておられた
私の渇きを満たさんとする あなたが
ああ あなたこそが 私を求めて
すでに渇いておられた
私の愛に渇いておられた
愛なる方 愛されるべき方なのに
私はあなたを忘れ
いつも何かに心奪われていた
だから今日まであなたは
叶わぬ愛に患(わずら)うように
私を求めて 渇き切っておられた

「わたしは渇く」
そう あの十字架の上で


《エレミヤ書 30:21》
わたしに近づくためにいのちをかける者は、いったいだれなのか。――主の御告げ。――

今日のかて 詩篇 4:8

平安のうちに私は身を横たえ、すぐ、眠りにつきます。主よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます。
旧約聖書 詩篇 4:8

世の中には眠れない人が増えているようです。悩み、問題、ストレス…。人の心は強いものではありませんから、それが眠りに大きく影響するということは否めません。ある意味、眠りはあなたの心の健やかさのバロメーターと言えるのかも知れません。
さて、あなたは平安のうちに毎日眠りについているでしょうか?
心の健康の秘訣はもちろん神にあります。あなたの心にあるものを神にゆだねる時、重荷は降ろされ、心が軽くなります。そして、天地万物を造られた神があなたを安全な場所に匿(かくま)ってくださいます。ここは世界で最も安全な場所です。恐れも不安も、あるいは死の恐怖でさえ、この神の前では消え去ります。なぜなら、十字架に死なれよみに降られて、なおよみがえられ、死に打ち勝たれたイエスキリストの前に、死は何の力も持っていないからです。
すべてのことを神の前に祈りとして捧げましょう。
祈りのうちに神と交わり、この安全な場所に安らぎを得てください。
神が私たちに語りかけてくださる聖書の御言葉に立ちましょう。
神が聖書の中で私たちに約束してくださっている内容は私たちの想像を超えるほど壮大で絶対的なもの、私たちの心を占拠していた悩みも、その約束に立つなら簡単に消え去ります。
神にある平安は世が与えるのとは全く別の根本的な平安です。たとえそれが嵐の中でさえ、深い眠りに安らげる、環境・状況・周りの一切のものに影響を受けることのない平安なのです。これは、他にどのようなものを持っても、たとえ、どれほどの富を持っても、どれほどの友人・知人・家族を得ても、どれほどの知恵をもってしても、得ることはできないもの。神だけにある永遠の平安です。何ものにも変えることのできないものです。
さあ、だから神と共に歩みましょう。

主よ。今日もあなたの御手のうちに生かし、私たちを害するすべてのものから守り、そして深く愛し、祝福の日々の中を歩ませてくださることを感謝します。どうか、このとこしえの平安の中に、常に私たちを生かしてください。いかなる偽りも、脅かしも、退け、すでにあなたと共にある人生が何ものに揺るがされようのないものであるという、真理の土台の上に私たちを生かしてください。そして私たちの心を健やかに保ち、今日も平安のうちに、幸いの深い眠りのときを与え、あなたによって新しく造られる明日を感謝と期待のうちに迎えさせてください。このように日々を迎えさせてくださる、主に感謝します。


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涙の向こう側

止まらぬ涙を越えて見上げる天
そこに永遠の王国がある
あなたのとこしえの時間(とき)を過ごすべき
永遠の国

そこにはあなたを愛する永遠の父がいる
あなたにいのちを与えた十字架の君
永遠の王が居られる
とこしえの愛があなたを包む

この地で仮屋を追われても
住み慣れた永遠の家がある
あなたのいるべき永遠の居場所
永遠の故郷がある

たとえこの地で何かを失い
仮に何をも持たずとも
人はこの地に裸で生まれ裸で帰る
何も持ちうるものはない
けれどもそこにはこの地で積んだ
永遠の宝がある

この苦しみはとこしえを知るため
今のあなたがつらくとも
あなたの涙は永遠に拭われる
とこしえに神があなたと住まうから


《ヨハネの黙示録 7:15-17》
だから彼らは神の御座の前にいて、聖所で昼も夜も、神に仕えているのです。そして、御座に着いておられる方も、彼らの上に幕屋を張られるのです。
彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。
なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。

愚かな手

現実に焦って汗滲む 自分の手
虚しく泥だらけになった 自分の手
じっと見る
差し延べられた血潮滴る あなたの手
ここに愛溢れる
その手を見よう
その手にすがろう
あとは皆虚しい
忘れずに生きよう
その愛を
忘れずに・・・

《詩篇 127:1-2》
主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。
あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるから

今日のかて ピリピ 4:19

また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。
新約聖書 ピリピ 4:19

私たちが生きていくすべての源泉はこのイエスキリストにあります。それは私たちの人生のすべての側面においてです。生きるための必要を、まさしくいのちを泉から汲みとるように、キリストご自身から得ることができるのです。例外はありません。
しかし、私たちはいかに他のもので必要を満たそうとするでしょうか。私たちには習慣的につまり私たちの古い肉の性質は、自分の力で生きること、自分の力で必要を満たすことをまず大前提に考えます。ですから、自分の力で自分の必要を満たせない状況に苦しみます。それは経済的な側面や、病の癒し、人生のあらゆる問題の解決等々、物理的な必要ばかりではなく、愛や心や知恵や力やそうした目に見えないもの、さらに信仰そのものでさえ、私たちは自力で得ようとし、苦しみます。
けれども、神の御おもいは全く逆のところにあります。私たちのすべての必要を神ご自身が満たす喜び、これこそが父の喜び、父が子に向ける愛であり、絶対者、すべてのものを造られた創造主にだけゆるされる一方的に注がれる愛です。
ですから、そのようにして主はご自身の比類なき御子であられるイエスキリストそのものを私たちに与えてくださいました。すべてのものはこの神の御子のために、御子によって造られ、すべては御子のものであり、すべてのものはこの御子イエスキリストのうちにあり、豊かに充ち満ちているのです。この方そのものを私たちに与えてくださるという、私たちの想像を超えた方法によって、父なる神は私たちをすべてに満たそうとされたのです。

《コリント人への手紙 9:8,9》
神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。

《ヨハネの福音書 1:16-18(新改訳)》
私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。

《コリント人への手紙 8:9》
あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っている。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、彼の貧しさによって富む者になるためである。

私たちは無力なものとしてこの地上に生まれてきます。しかし、それは神ご自身がイエスキリストにあって私たちを満たしてくださるためです。神ご自身が私たちのすべてとなることを望んでいるのです。それが私たちと神との特別な愛の関係です。
何と私たちは生まれながらに、神のこのみこころに逆らって生きてきたことでしょうか。
主は私たちにご自身の御子を与えてくださったときに、すでに私たちにすべてのものを与えてくださっていたのです。

《ローマ人への手紙 8:32》
私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。

もう神が私たちを愛していないかのように考えるのはやめましょう。何もくださらないかのように神に祈るのはやめましょう。私たちの持つ、みすぼらしいもので、私たち自身を自力で満たそうとするような惨めなことは、もうやめにしましょう。主は始めから私たちにご自身のすべてを与えてくださっていたのです。そうです。私たちのすべての必要を神から与えていただきましょう。子が父にそのすべての必要を安心して求め、何も疑うことなく受け取るかのように。
なぜなら、私たちは神に子として愛されているのですから。すべてはその愛の中にすでに与えられていたのですから。

主よ。ああ父よ。私を愛する深い愛に今心を馳せています。あなたは私を愛するあまりに、愛する御子キリストを私に与えてくださいました。今まさしくキリストご自身のいのちが私を生かしています。このいのちの泉は私のすべてを満たしてくださいます。もうあの虚しさはないのです。あなたの愛の中に私は憩い生きているのです。あなたが私のすべてとなられたからです。言い尽くせない感謝を御前に捧げます。どうか、私たちの目を再び虚しいものに向けさせないでください。私たちのうちにあるものをかき集め、私たちの持つものをいくらかき集めても、虚しいものしかないのです。ただあなただけが私を満たすもの、あなたこそ我がいのちです。主よ。
私はあなたのものです。どうか、あなたの喜ばれるものとして、私を導き生かしてくださいますように。


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子どものように

「子どものように」

子どものように無力に
子どものように小さく
子どものように何も無い
あの日主は私を招いてくれていた
あの何も無かった日
誰しもが招かれていたんだ
子どもの頃のあの日に
何も無かったから

随分まわり道をした
傷つき痛んだ
何も無くなった
そこに主よ あなたの手があった
やっと帰れた
あのあたたかい胸の中に


《マルコの福音書 10:14-16》
「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。
まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、はいることはできません。」
そしてイエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。

映画館へGO!

89f8b70a.jpgア○ス・イン・○ンダーランド見に行っちゃいました。
どうしても3Dで見たくて。
楽しかったです。いろいろ飛び出して来ました。
ちょっと噛まれちゃいました。
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Taka♪

新橋駅前広場にて、人生の真実を叫び続ける伝道者、ストリートメッセンジャーのTaka♪です。
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