ユダの王エホヤキンが捕え移されて三十七年目の第十二の月の二十五日に、バビロンの王エビル・メロダクは、彼が即位した年のうちに、ユダの王エホヤキンを釈放し、獄屋から出し、
彼に優しいことばをかけ、彼の位をバビロンで彼とともにいた王たちの位よりも高くした。
彼は囚人の服を着替え、その一生の間、いつも王の前で食事をした。
彼の生活費は、死ぬ日までその一生の間、日々の分をいつもバビロンの王から支給されていた。
旧約聖書 エレミヤ書 52:31-34

あなたはクリスチャンの真の身分を知っていますか?
イエスキリストを信じ救われた者たち、つまり私たちの本当の姿を知っているでしょうか?
罪の鎖につながれ、罪の結果死を待つ死刑囚として投獄され、毎日死に脅えながら死の恐怖の奴隷となっていた者たち、それが以前の私たちの姿でした。しかし、イエスキリストを信じたとき、ただこのイエスキリストが十字架の上で支払われたその命の代価によって、私たちを贖って(買い取って)くださったことのゆえに、ただ恵みによって救われたのです。私たちの手足につけられ私たちを縛っていた罪の鎖が外され、閉じ込められていた牢獄の扉は開かれ、囚人の服を脱ぎ、その代わりに最も聖きキリストを着て生きる者とされたのです。
よみがえられた王なるイエスキリストは私たちに愛溢れるやさしい言葉をかけられ、この地上のいかなる国の王よりも圧倒的に高い地位、つまり神の子とされ神の国の王族とされるというおおよそ想像の及ばない身分を私たちに授けられました。さらに、この王なる方と生涯をともにし、毎日この王なる方と特別に親しき関係が与えられ、王の特別な食事に共に預かり、王と特別に親しく交わる者とされたのです。そして驚くべきことに、私たちのすべての必要は、私たちの努力によるのではなく、私たちの何ものにもよらず、ただこの親しき関係のうちに、毎日毎日この王なる方からただ恵みとして与えられ、すべてが溢れるほどに満たされるという特権を持って
生涯生きる者とされたのです。
これが私たちのこの地での本当の姿です。
このことをあなたは本当に自分のこととして、理解し、確信し、体験して生きていますか?
私たちはこの部分を偽られやすいのですが、これこそ私たちに大切な本当のアイデンティティーです。低すぎる認識は私たち自身を、また私たちの大切な人達を傷つけます。
多くの兄弟姉妹が、未だ罪に捕えられているかのように鎖を手に持ち、自分の罪に失望し、罪と折り合いをつけようとして生きてこうとします。多くのクリスチャンが死の恐怖に脅え、光の届かない暗い牢獄の中で、ひもじい食事を与えられる以外は何ものも与えられない者のように生きています。クリスチャンは罪が赦されたから少しすっきりしている人というだけでも、祈れば、はるか遠く離れた神が、はるかに高いみこころの中でかなう少しのものだけを祈りとして聞いて叶えてくれるというものでもありません。かつての姿から抜け出ず、私たちの限られた認識で新しくされた自分の姿を低く引き摺り下ろしてはなりません。世のわずらいと悪魔の偽りに、
本当の自分を見失ってはなりません。
神が私たちに与えたのは神の子としての身分、神の国の王族としての立場です。王族は王と共に万物を治める立場にいるものです。この本当のアイデンティティーを知るのであれば、私たちのこの地においてするべき役割をおのずと認識し、するべきことも求めるものも変ってくるはずです。
あなたは本当の神の恵みをほとんど知らず得ないままこの地の去ってはなりません。あなたは救われたのです。これはキリストが命を捧げてあなたに与えたものだからなのです。

《ペテロの手紙 2:9》
しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。


主よ。あなたはなぜ私を救ってくださったのでしょう。何者だから、これほどの身分を与えてくださったのでしょう。ただ罪の中に転げまわり、死んだ犬のようであった私を、罪と死の中から引き上げ、何故これほどまでに愛してくださるのでしょう。何故それほどまでにあなたはご自身のすべてを与えてくださるのでしょう。あなたのみこころは深すぎて、あなたのなされたことはあまりにも大きく高すぎて、にわかには理解することさえ難しいものです。どうか、あなたのみこころを教えてください。そして私をあなたのみこころにかなうものとしてください。わたしはあなたのものです。感謝します。


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