『一発逆転』通信

あなたの生活に豊かな彩を・・・ Jesus, You're the Center of my joy.

2009年02月

今日のかて 申命記 6:4

イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。
旧約聖書 申命記 6:4

聖書の中で最も大切なことがここに記されています。
これは他の神々を自分の神としないと言うだけの単純な意味ではありません。この言葉をイスラエルの民は常に忘れないように人生のすべての時に刻み込むように覚え、大切にしてきました。そして、その中心的真理は今も変わりない聖書の中心真理です。
はじめから存在され、天地万物すべてのものを創造された創造主。この方意外のもの、その他すべてのものは造られたもの、被造物です。この方の他に全くの無から有を造り出す創造の業をなすことはできません。この方の前にすべての被造物は自ら神のように立ちはだかり、対立することなどできようはずもありません。創造主と被造物、圧倒的な存在の差がそこにあります。
また私たちの変わりなく来る一日を毎日造り、その当たり前に見える日常の、日はまた昇り沈むところから、月の満ち欠け、季節の移り変わり、すべての天候、空と海と地上に住む全てのものを麗しいほどに定められた秩序・法則の中に統べ治めることができる存在などこの方の他に存在するわけがありません。
この方と比べるのであればすべてのものはちりのような小さな存在です。人間のうちにどれほどすごい功績を上げ、どれほど賢く、どれほどすごい能力があるような者でも、あるいは人間の力をはるかに超えるどれほどすごい存在に見える者でも(人はともするとすぐにそれらを神々として崇めようとするのですが)、彼らはただの被造物の一つ、やはりこの神の前にはちりに等しい存在に過ぎません。
さらに神は、全ての造られたもの達がどのような状態にあるのか、どのように生きているのか、一刻一秒私たち自身が知らないことにまでおよびすべてを知り尽くし、そして愛し、またその恵みに生かしてくださる方なのです。
そのようなことのできる方は他にあるでしょうか?
この方がもしもひと時でも御手を止められるのであれば、私たちのいつも変わりなく与えられているからこそ何とも思うことのない日常は、一瞬にして無に帰するでしょう。しかしそのようにならないのは神が計り知れないほどの愛をもって私たちを愛し、永遠に誠実を尽くし続けて下さるからなのです。
なんと言う愛でしょうか?
なんと義なる方なのでしょうか?
だからこそ、この方意外に神と呼ぶに相応しい方はいないのです。
だから、この方こそ唯一の神なのです。
この方を私たちが私たちの唯一の神であると告白し、心に刻むとき、神は私たちの前に唯一の神として限り無いご自身を現し、また私たちをその大いなる御手の中に入れ、守り、祝福し、そのご自身の豊かさに私たちを満たしてくださるのです。それはいのちに満ち、平安に満ち、喜びに満ちる場所です。
私たちはこの御言葉を一生涯いや永遠に手放してはいけません。
私たちはキリストの尊い十字架にあってこの方と和解を赦され、やっとこの方の元に戻ることのでき、この方の子、神の子とされるというありえない奇跡、特権を与えられたのですから。

主よ。あなたこそ私の唯一の神。私はあなたを永遠に手放しません。なぜなら、あなたがその前に私を永遠に見捨てないからです。私はその愛をあなたの十字架の御姿の中に見せていただきました。これは私の永遠の宝、私のすべてはこの宝によって永遠に満ちるのです。我が魂は我が霊はあなたによって永遠に満ちるのです。尽きせない感謝を心からお捧げします。あなたが私の唯一の神。そして私の父となってくださった方。あなたを永遠に愛します。


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今日のかて 詩篇115:1

私たちにではなく、主よ、私たちにではなく、あなたの恵みとまことのために、栄光を、ただあなたの御名にのみ帰してください。
旧約聖書 詩篇 115:1

自分の人生の全領域で、神を私の神として認めることはどれほど素晴らしいことでしょう。そして、すべての栄光がその神から出ていることを知ることはどれほど幸いなことでしょう。私たちはその栄光を神とともに味わい、栄光のうちに生きることをゆるされています。
が、私たちはときに神から多くのものをかすめ取ろうとしたり、自分のものは握り締めて神に手渡したくないと考えたりします。あたかも、神が何か私たちから大切なものを奪うかのように考えて。それは私たちが生まれながらに持つ神に逆らわせるもの、つまり罪によって考えてしまう偽りなのですが…。
実は私たちが握り締めものは、形あるものがすべて壊れるように、腐敗し枯れ果てて行きます。私たちに働く罪と死の法則は、残酷な現実ですが、それがどれほど大切であろうと、素晴らしくあろうと、私たちが握り締めるものにも働き死の力の前に朽ち去って行くのです。
同様に、栄光も私たちのものとしたとき、その輝きは消え失せ、醜悪な朽ちたものの姿へと形を変えていきます。栄光は神のもとにあって始めて私たちを照らし、ともにその栄光を喜び味わい得るものとなるのです。
私たちが私たちの何ものか(例えば、祈りの量や質、清さ、信仰深さ、思慮深さ、知恵、自らの努力、勤勉さ等々)によって栄光を得たと思うなら、私たちは神の一方的な恵みにより現された栄光を気づかぬうちに自ら誇り、気づかぬうちに神のようになる者つまり神に敵対する者となるのです。
また、神の栄光は常に私たちの想像をはるかに超えるものです。ですから常に同じ栄光が現れると考え、また過去の栄光にすがることは無意味なことです。「かつてこうだったから、今度もこうなるだろう。」人はそう考えがちで、過去の経験に習う、慣習に習うことは非常に楽なことなので、それに従おうとします。しかしそこに神の備えられた栄光の輝きはありません。確かに神はあわれみ深く私たちの願いを聞かれる方ですから、それなりに勝利を得たような結果となるかも知れません。しかし、それは本来の輝きを失せ、気がつけば人の栄光と姿を変え醜悪なものへと姿を変えていきます。
このように、私たちは気づかぬうちに神の栄光を我がものとする者です。
私たちの全時間、人生の全領域に神を認めましょう。
神の私たちにされたことがいかに大いなるものであり、いかに素晴らしいものかを知るでしょう。自分がしたことのいかに小さく、いかに良いことのできない者であることかを知るでしょう。自分がいかに小さく塵にすぎない者であることを知るでしょう。
すべての栄光は神から来るものです。
神を仰ぎ、神にひれ伏しましょう。
神を、ともにその栄光を讃えましょう。

天地万物を造られた主よ。今も全時間、全地を統べ治められる主よ。そして私を造り、今も限り無く愛してくださる主よ。あなたの御名を高らかに讃えます。すべての良きものはあなたから来たもの、すべてはあなたの栄光です。私たちがその栄光に手をかけ、自らの誇りとして高ぶる者であることはよくわかりました。どうぞ私のうちを探ってください。ただ私はあなたの御前にひれ伏します。そして、すべての栄光をあなたに帰します。あなたの御名にのみ栄光がありますように。あなたこそほめたたえるべき方だからです。あなたこそ私の神だからです。あなたにこそ、賛美、誉れ、栄光、力とが永遠にありますように。


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