『一発逆転』通信

あなたの生活に豊かな彩を・・・ Jesus, You're the Center of my joy.

2008年04月

今日のかて

私たちが神の子となるのに最も妨げとなるものそれが罪です。神が私たちに最初から用意され与えようとされていたものはこの罪が私たちの中に入った時からまったく変わってしまいました。あまりにも莫大な祝福を私たちは受けるどころか、その罪は神の存在、そして私たちと神とが持っていた素晴らしい関係をも忘れさせ、さらには神を否み拒絶するまでに至ったのです。これが私たちの生まれついての姿です。
根本たる罪は自らが神のようになろうという性質です。それは誰の中にも眠るもの。自分の力で生きそんな自分を認めて欲しいという自己義(自らを自らの力で正しいものとする)というごく当たり前と思われている生き方の中にすでに植えられているものです。世では努力家と言われますが、神の前ではそれは神を必要としなくとも自分で生きていけるという姿に他ならず、すべて得たものを神の栄光のゆえとするのではなく自分を認めてもらうための自分の力で得た自分の栄光としてしまうのです。
悪魔さえ、かつては力ある者神に仕える御使いであったのに、自らの力を誇り自らが神になろうとしたことで堕天し悪魔となったと言われているのです。ごく小さく私たちの目には当たり前にさえ見えるけれど、そこには非常に恐ろしい罪がこのように私たちの中に根づいているのです。
加えて、罪は恐ろしい性質を持っています。罪は血をいのちを求めます。その結果は死であり、罪には死の性質が満ちています。さらに罪は神に逆らう性質を持つもので、仮に神を信じる者であっても罪の中を歩み続けるのであれば、神を遠ざけ罪ののろいの中を歩むものとなるです。

《イザヤ書 59:1-2》
見よ。主の御手が短くて救えないのではない。その耳が遠くて、聞こえないのではない。
あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。

ですから神はこの罪の問題に全力をかけて取り組まれました。神はこの罪の問題に決定的な決着をつけたのです。それこそが主イエスキリストの十字架の御業に他なりません。

《ローマ人への手紙 3:23-25》
すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、
ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。
神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。

キリストが流された血潮は私たちの罪を赦し、私たちを罪のないものつまり義であるとされたのです。私たちのすべての罪は赦されました。それはキリストを信じる者に、神の正しさ義のゆえに一方的に無条件に与えられた恵み。私たちは生涯に渡ってすべての罪が赦されたのです。もうあの恐ろしい罪が私たちの人生をいのちを左右することはないのです。
神はそれほどまでに、自らのいのちのすべてを注ぎ出すほどにして、私たちが罪から離れることを望まれました。いやまさに今、切望されているのです。
だから今その恵みを受けましょう。そうです。私たちは今キリストの十字架を前に、その光に自らのすべての罪を照らしていただきそのすべての罪を悔い改めて、罪から離れようではありませんか。

《マタイの福音書 4:17》
「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」

愛する主よ。あなたの十字架にかかられた御姿を見上げています。ただ私は赦された罪人に過ぎません。どうか、どうか、主よ。あなたのあわれみ、その流された血潮により、この私のいっさいの罪を赦し、またその罪から離れさせて下さい。


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『一発逆転』人生塾 vol.56 『一発逆転』人生塾 BP vol.11

弱い者貧しい者傷つく者たちを踏みにじり餌にして生きる生き方を、知らず知らず受け入れ、当たり前と思って現代社会はいずこに突き進んで行きますが、これには大変な欠陥と真実が隠されています。そこには法律・道徳などでは明るみにされない人間に潜む罪の性質が明らかにされているからです。
罪は人の血を求め、命を求めます。だから人はこのような方法で自分の生活のために代価として弱き者を踏み台とするのです。
しかしここにもう一つ隠された真実があります。その人の命を血を代価に生きる本人の命が、その自分の行った罪によって命を奪われてしまうという事実です。それが血を命を求める罪というものの性質だからです。たとえば、このような経済システムの頂点にいる人々が、自分がいつ頂点から誰かに引きづり落されるのかに怯え、やがて死の恐怖に怯えて日々を過ごしているなどという話はよく聞く話でありその良い例です。
さてここまでは人間同士の中でどうかという話ですが、ここから少しグローバルな目でお話しましょう。つまり神という視点をここに加えてみましょう。なぜなら世界経済の中心である欧米またイスラム・アラブ諸国は厳然とこの視点がここに加わって歴史を見つめて行くからです。
この神はこの世のすべてを創造された神であり、だからこそすべての法則・秩序はこの神の元に統べ治められると考えられています。神は絶対的に善なる存在であり、だからこそ私たちはこの精密で奇跡的な確率の秩序の中で、変わりなく明日を迎えることができ、生き続けることが許されるのです。逆に言えば善なる神という存在を抜きにしたら私たちが変わりないと思っている明日はあっという間に崩壊し塵と消えると言うことができます。
ですからこの神の前に私たちがどのように映るかということが大きな問題となります。つまりこの絶対的善なる神が罪の満ち続けていく社会やシステムを見逃されることがあるだろうかという問題です。
最近何かと話題のサブプライムローンなど、弱い立場の人々を踏み台に作り出した好景気などを見るとこのことはよくわかるでしょう。社会的に弱い立場にある人々に、言葉巧みに景気が昇り続けている時でしか成立し得ない夢物語をさもあるシステムのように語り、それを踏み台に世界中の金融機関が利益を得ようとして作り出した好景気。その終わりにはやはり弱き者を犠牲にすれば損は生じないというシステム。しかし、実際は世界を恐慌に引き込むかのような勢いで、経済が急降下し、景気不安が世界中で起こっています。あらゆる経済対策も追い着いていないというのが現状です。たとえば、神はこのように人の作られた無秩序を整えるという意味において神の正しい秩序の元に世を裁かれます。この正しい秩序の基は愛にそして善に他なりません。
時にはその愛こそ痛みをともなうことがあります。私たちの罪はそのままで放置されるのであれば、やがて死に至りそして滅びて行くのです。しかし神はその罪を隠し放置はされません。ですから私たち自身が気づいていなくとも、心の奥底に潜んでいる道徳・法律では露わにされない罪の根となる罪の根本においても見逃されることがないのです。私たちがその罪を目の当たりにしていかに痛みを抱いたとしてもです。むしろ神はその罪から人間が離れるために一つの道を用意しました。イエスキリストと十字架がそれです。
神は私たちの罪を取り除くため罪のない神の子を人間と同じ姿にして地に下し、その罪を彼に負わせたのです。罪を知らない方を罪として罰し、彼は十字架に死にました。そして彼が3日後によみがえることにより、罪の結果から来る死をも無効なものとしたのです。これが十字架の真実です。
ですから私たちがその罪を神の前に心から悔い、心の底からその罪を赦され心の一新によって罪から離れることを願うならば、全く新しい人生、全く新しいいのちがキリストの十字架のゆえに彼の愛のゆえに授けられるのです。
この世が平然と罪に染まり行くのであれば、苦しみを伴う社会情勢をこの国がまた世界が負うかも知れません。けれども無秩序の中に私たちが滅ぶことより、罪を離れいのちを得ることの方がずっと価値があるのです。そしてそこにこそ真の希望のある新しい明日が迎えられるでしょう。

《ヨハネの手紙 1:8-10》
もし、罪がないと言うなら、それは自分を欺くことであって、真理はわたしたちのうちにない。
もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。


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新橋通信

ハレルヤ♪
主の御名を讃えます。
いつも祈りに支えられ心から感謝いたします。
前回の路傍伝道からしばらく経ちました。実は途中気管支炎になり、2週間ほど安静を余儀なくさせられていました。といった経緯からまだ体調は完治しておらず、今週も路傍伝道には行けない状態です。残念です。
最近ではこの伝道集会以外にも、集会を持ったり、御言葉を学び合う機会を持ったり、いろいろな機会を通じて伝道メッセージばかりではなくクリスチャンの兄弟姉妹向けにもメッセージの機会が与えられたりと、働きがいろいろ広がり、そのため非常にアタックがきつくなってきています。たとえば、インターネットでメッセージを一つ出すにしても数日前からトラブルや体調不良などが重なり妨害が入るといったことも日常茶飯事になってきました。
ですので、今回のような妨げが歯がゆくてなりません。皆様の力強いお祈りを必要としております。ぜひ妨げ攻撃がすべて遠ざけられ、また同時に体調が完全に癒されますようにお祈りに覚えていただけると幸いです。よろしくお願いいたします。

さて、前回の伝道では、伝道シーズン最初の日でしたが、あいにく古本市の日で広場は使用不能、ということもありHさんとふたりでゆっくり礼拝を捧げていました。
やがて気づけば古本市も片付いてしまい、後は閉まった出店が並ぶばかり、誰もいないのでその広場の前のところに陣取りふたりで思う存分礼拝を続ける感じでいました。しかししばらくすると、目の前には誰もいないのになぜか伝道メッセージを語る思いが溢れてきました。ですので不思議に思いながらもその思いに従いメッセージを叫んでいると、誰もいないと思っていた広場にひとりの警備員さんが・・・。彼は涙を拭いながらその話を聞いていました。
そして、それを機にふたりに伝道の思いが溢れ、いつもは伝道しない広場の反対側で伝道を始めました。そこは飲み屋街が近くにあり、メッセージを叫ぶとその町並みにこだまするのです。そうこうしているうちに、こだまに呼ばれてか多くのホストやホステスさんが立ち止まり話を聞いていきました。
Hさんと何ともいえない充実感を噛みしめながらその日も伝道を終えました。

ああ思い出すだけで胸が熱くなってきますね。早い復帰を願っています。

では僕の思いの中では来週にでも体調が完全に癒され路傍伝道ができればと願いつつ、すべてを主にゆだねて…

在主

◆◇◆◇◆◇◆◇
from Taka♪

路傍伝道の予定は事前に
http://jevent.jpn.ch
にてお知らせさせていただいています。

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今日のかて

しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。
新約聖書 ヨハネの福音書 1:12

前回はイエスキリストの十字架とよみがえりは私たちを神の子にするためであったという話をさせていただきました。
ではいったい神の子にされるとはどういうことなのでしょうか?

《ペテロの手紙 1:3,4》
というのは、私たちをご自身の栄光と徳によってお召しになった方を私たちが知ったことによって、主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔に関するすべてのことを私たちに与えるからです。
その栄光と徳によって、尊い、すばらしい約束が私たちに与えられました。それは、あなたがたが、その約束のゆえに、世にある欲のもたらす滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となるためです。

神の性質は愛です。
神は義なる方であり、聖なる聖なる聖なる方です。神は誠実な方であり、真実なる方であり、…と数え上げると永遠の時間が必要になってしまいますが、そのようにすべてのよきもので充ち満ちた善なる方、絶対的に善であらせられる方なのです。
片や私たちはその内に罪が入り込んだ時から、神から離れ、その性質も罪に捕らわれ、はなはだしく悪に染まり偽る者となって、たがいに争いまた仮に愛する者たち同士であっても傷つけ合う、神の性質からは程遠い存在となってしまいました。残る結果は死と滅びのみ。
しかしだからこそ神は、私たちを救い、その性質ごと変えるよう神の子とし、神の性質に預かる者とされたのです。

《ピリピ人への手紙 3:20》
けれども、私たちの国籍は天にあります。

神の子になるということはその本来の所属場所つまり国籍が天国に移されるということです。あなたの故郷は天国となるわけで、あなたの拠り所となる故郷は天国であり、やがて帰るべき場所も天国となるのです。天国は地上と違い、死もなく苦しみも悲しみもありません。そして終わりもありません(永遠)。朽ちるもの壊れていくものもありません。つまりすべてのものが地上にあるすべてのもののように死の性質を持っていないのです。すべてが光に満ちて輝き希望と愛に輝き、何よりその真ん中に常に間近に神がいるのです。
そうそれがあなたの今所属している場所、あなたの国籍は天国なのです。

《ガラテヤ人への手紙 4:6,7》
そして、あなたがたは子であるゆえに、神は「アバ、父。」と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。
ですから、あなたがたはもはや奴隷ではなく、子です。子ならば、神による相続人です。

さらに前回もお話ししましたが、私たちは神の子となることにより神の相続人になります。神の無限にある資産を受け継ぐ者です。無限にあるとは無いもののようにかき集めたりかすめ取ったり争い合って掴み取ったりする必要すらないのです。ですからすべてのものをより良い目的のために無限に使うことを許されるのです。自分を喜ばすために放蕩に使ったとしても虚しいとはっきりわかるほどの莫大な相続。
それをくださる神こそその最もよい使い方を知っている方であり、彼の意志を継ぐ者が私たちなのです。無限の富を神の意志を継ぐ者として神とともに豊かに使用し、神とともに喜ぶ、その栄光をともに喜ぶ。そんな神の子の特権があなたに与えられているのです。
いかがでしょうか?
この特権がイエスキリストを受け入れるすなわちその名を信じるすべての人に無条件に与えられている、これが神の子となることなのです。
これが救いです。愛して止まない私たちに神が与えられたものです。

愛する主わが父よ。あなたの子とされるという計り知れない恵みを感謝するとともに、この人知を超えた恵みを理解し、それほどに理解を超えるほどに私たちを愛してくださるあなたの愛を、知る者としてください。ちりに過ぎない私をこれほどに愛してくださる主に限り無い賛美を捧げます。

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病人生活♪

先週も風邪で寝込んでましたが、実は週末から気管支炎になってしまいさらに寝込む毎日でした。
ああ早く癒されますように

今日のかて

あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。
バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。
ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。
もしあなたがたがキリストのものであれば、それによってアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。
-中略-
そして、あなたがたは子であるゆえに、神は「アバ、父。」と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。
ですから、あなたがたはもはや奴隷ではなく、子です。子ならば、神による相続人です。
新約聖書 ガラテヤ人への手紙 3:26-29,4:6-7

皆さんはキリストの復活の恵みをどのように受けたでしょうか?
キリストの十字架と復活はいったいどのような意味があったのでしょうか?
すぐに答えられる方も多いかと思います。私たちの罪を赦されるため、私たちを救うため、私たちにいのちを与えるため。確かにそうですが、今回は少し違った側面からさらに重要な真理について目を向けていきたいと思います。
キリストの十字架とよみがえりは、私たちを神の子にするためです。
これは非常に重要な真理です。ここに私たちの人生を一変させるほどの真理が隠されていると言っても過言ではないでしょう。
もう一度言います。キリストの十字架とよみがえりは、私たちを神の子にするためです。
カギは「神の子」です。
「神の子」とは文字通りこの天地すべてを創造された「神」の「子ども」という意味ですが、これがいかにおそれ多い事実であるかということは、聖書が示しています。
イエスキリストが自分を神の子であると言い、また神をわたしの父はと語ったことが原因で、ユダヤの人々は彼が神を冒涜したとして憎み殺そうと考えていきました。つまり十字架にかけられた原因となったほど、おそれ多いことなのです。それは、人が神と同等の位置にのぼるか神を人と同じ位置に引き下げるかということを意味するからです。(《ヨハネの福音書 10:33》ユダヤ人たちは答えた、「あなたを石で殺そうとするのは、よいわざをしたからではなく、神を汚したからである。また、あなたは人間であるのに、自分を神としているからである」。)
もちろんイエスキリストは私たちの救いのために天から下って来られた神の子ですから当たり前の話ですが、しかし今日の箇所では、私たちはこの神の子であるとはっきりと宣言されているのです。
それは私たちがキリストと共に死にキリスト共によみがえった恵みを受けたことによりキリストを着たからであり、よみがえりによって与えられたキリストのいのち、キリストの御霊なる聖霊は、神の子であるキリストの霊であるがゆえに「アバ、父よ。」と呼ばわせる霊であり、この霊の呼ばわりにより、私たちが神の子であることを証明するものであるということが明らかにされているのです。
そしてさらに、神の子であるからこそ、神の莫大な相続、無限の相続を受けるべき子、相続人であると言われているのです。
何ということでしょうか。
罪の囚われの中でその結果として死の恐怖のために一生涯奴隷となっていた私たちを、キリストの十字架とよみがえりは「神の子」と変えさせたというのです。神の子の特権に預かる者となさせたというのです。
たとえて言うなら、昨日まで死刑囚であった人がある日を境にある国の王子になったという話の何千倍何万倍もすごい話なのです。
さあ、キリストにある愛する兄弟姉妹たち。人生の思い煩いや恐れや失望から顔を上げ涙を拭いて、本当の自分の姿を見てください。そしてこのことを成し遂げてくださった神にともに感謝の祈りと賛美を捧げましょう。

主よ。あなたの御恵みは何と大きいのでしょう。あなたの愛は何と大きいものでしょう。あなたが成し遂げてくださったのは何と大きいことでしょう。私たち人間にはあまりに大き過ぎてそれを理解することすらできません。どうぞ、この深遠なる真理、偉大な知恵、莫大な恵みをあなたが与えてくださったいのち、内なる聖霊の働きかけによって知るものとしてください。そしてこの真理によって、死と絶望が渦巻く世から聖め別かってくださいますように。ただこのような私をもこれほどに愛してくださるあなたの御名をたたえて。


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新橋駅前広場にて、人生の真実を叫び続ける伝道者、ストリートメッセンジャーのTaka♪です。
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