『一発逆転』通信

あなたの生活に豊かな彩を・・・ Jesus, You're the Center of my joy.

2008年03月

十字架を新橋に

主の十字架とよみがえり。
それは死ののろいが満ちたこの世に捕らえられたいのちを解放するもの、死からいのちに移すものです。
この最高の良き知らせ、福音をたずさえて今日ひさびさに新橋へ向かいます。
ただ十字架のことばだけをたずさえて

新橋の地が主のよみがえりのいのちに満たされますように

主にすべてをゆだねすべてを捧げて

在主


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ひさびさに新橋へ

ハレルヤ♪
主の御名を賛美します。
いよいよ少しずつ春らしく暖かくなり始め、東京では桜の開花宣言もイースターのその日に出されたようです。
ということで明日はひさびさに新橋に行ってこようと思っています。
体調は先日のじんま疹のことを含め、まだ万全ではありませんが、すべて主の御守りの中で祈りつつ、まずできることをしに新橋へ行こうと思っています。
まずは主にこの身を捧げに新橋へ…

お祈り感謝!

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今日のかて

イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した。」と言われた。そして、頭を垂れて、霊をお渡しになった。
《新約聖書 ヨハネの福音書 19:30》

「完了した。」とは完済した、完全に払い終えたと同じ意味を持ちます。
キリストが払い終えたもの、それは罪から来る報酬である死。彼のいのちという代価によって、永遠の滅びにつけられる、永遠の火の中で終わることのない苦しみを負い続けるはずであった私たちのいのちは買い取られたのです。
その意味の大きさは彼の死の悲惨さを見ればわかるでしょう。それが私たちのなるはずであった姿なのですから。
十字架を見上げてください。
彼の麗しくも私たちのために卑しく惨めになられ、自らを救い得ないものとすることによって私たちを救われた贖い(あがない)の姿を。

主よ。言葉につくせないあなたへの想いを。ただ御前にぬかずき我がすべてをお捧げします。

今日のかて

彼の姿こそ私たちが本来追うべき姿。私たちは神の前に裁かれるならば、その罪のために神から永遠に切り離され、そのためにこのように呪われた者とならなければならなかった。その打ち傷ひとつひとつに目をそらさず、流される血潮に、釘づける音に、逃げずに向き合うなら、そこに私たち自身が見えるはずです。彼の貧しく卑しくなった姿こそ、すべてを捧げ尽くした姿。私をあなたを愛し尽くした姿なのです。そこに私たちのすべての源泉があるのです。

《詩篇 22篇》
わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。遠く離れて私をお救いにならないのですか。私のうめきのことばにも。
わが神。昼、私は呼びます。しかし、あなたはお答えになりません。夜も、私は黙っていられません。
けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。
私たちの先祖は、あなたに信頼しました。彼らは信頼し、あなたは彼らを助け出されました。
彼らはあなたに叫び、彼らは助け出されました。彼らはあなたに信頼し、彼らは恥を見ませんでした。
しかし、私は虫けらです。人間ではありません。人のそしり、民のさげすみです。
私を見る者はみな、私をあざけります。彼らは口をとがらせ、頭を振ります。
「主に身を任せよ。彼が助け出したらよい。彼に救い出させよ。彼のお気に入りなのだから。」
しかし、あなたは私を母の胎から取り出した方。母の乳房に拠り頼ませた方。
生まれる前から、私はあなたに、ゆだねられました。母の胎内にいた時から、あなたは私の神です。
どうか、遠く離れないでください。苦しみが近づいており、助ける者がいないのです。
数多い雄牛が、私を取り囲み、バシャンの強いものが、私を囲みました。
彼らは私に向かって、その口を開きました。引き裂き、ほえたける獅子のように。
私は、水のように注ぎ出され、私の骨々はみな、はずれました。私の心は、ろうのようになり、私の内で溶けました。
私の力は、土器のかけらのように、かわききり、私の舌は、上あごにくっついています。あなたは私を死のちりの上に置かれます。
犬どもが私を取り巻き、悪者どもの群れが、私を取り巻き、私の手足を引き裂きました。
私は、私の骨を、みな数えることができます。彼らは私をながめ、私を見ています。
彼らは私の着物を互いに分け合い、私の一つの着物を、くじ引きにします。
主よ。あなたは、遠く離れないでください。私の力よ、急いで私を助けてください。
私のたましいを、剣から救い出してください。私のいのちを、犬の手から。
私を救ってください。獅子の口から、野牛の角から。あなたは私に答えてくださいます。
私は、御名を私の兄弟たちに語り告げ、会衆の中で、あなたを賛美しましょう。
主を恐れる人々よ。主を賛美せよ。ヤコブのすべてのすえよ。主をあがめよ。イスラエルのすべてのすえよ。主の前におののけ。
まことに、主は悩む者の悩みをさげすむことなく、いとうことなく、御顔を隠されもしなかった。むしろ、彼が助けを叫び求めたとき、聞いてくださった。
大会衆の中での私の賛美はあなたから出たものです。私は主を恐れる人々の前で私の誓いを果たします。
悩む者は、食べて、満ち足り、主を尋ね求める人々は、主を賛美しましょう。あなたがたの心が、いつまでも生きるように。
地の果て果てもみな、思い起こし、主に帰って来るでしょう。また、国々の民もみな、あなたの御前で伏し拝みましょう。
まことに、王権は主のもの。主は、国々を統べ治めておられる。
地の裕福な者もみな、食べて、伏し拝み、ちりに下る者もみな、主の御前に、ひれ伏す。おのれのいのちを保つことのできない人も。
子孫たちも主に仕え、主のことが、次の世代に語り告げられよう。
彼らは来て、主のなされた義を、生まれてくる民に告げ知らせよう。

今日のかて

今日は十字架の日です。主が私たちのためにかかられた十字架を見上げるときです。ともに彼の御姿を見上げてまいりましょう。

《マタイの福音書 27:26-37》
そこで、ピラトは彼らのためにバラバを釈放し、イエスをむち打ってから、十字架につけるために引き渡した。
それから、総督の兵士たちは、イエスを官邸の中に連れて行って、イエスの回りに全部隊を集めた。
そして、イエスの着物を脱がせて、緋色の上着を着せた。
それから、いばらで冠を編み、頭にかぶらせ、右手に葦を持たせた。そして、彼らはイエスの前にひざまずいて、からかって言った。「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」
また彼らはイエスにつばきをかけ、葦を取り上げてイエスの頭をたたいた。
こんなふうに、イエスをからかったあげく、その着物を脱がせて、もとの着物を着せ、十字架につけるために連れ出した。
そして、彼らが出て行くと、シモンというクレネ人を見つけたので、彼らは、この人にイエスの十字架を、むりやりに背負わせた。
ゴルゴタという所(「どくろ」と言われている場所)に来てから、
彼らはイエスに、苦みを混ぜたぶどう酒を飲ませようとした。イエスはそれをなめただけで、飲もうとはされなかった。
こうして、イエスを十字架につけてから、彼らはくじを引いて、イエスの着物を分け、
そこにすわって、イエスの見張りをした。
また、イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである。」と書いた罪状書きを掲げた

新橋再開ならず

ハレルヤ♪
今週そろそろ外の寒さも和らぎ始めて来たので路傍伝道を再開と考えていたのですが、今週始めから体調が優れず再開を延期することにしました。
じんま疹が出てしまい、多分内臓とかにも出ているのでしょう、非常に体が重く非常に疲れた感じがしています。体力が普通の生活には耐え得るのですが、路傍伝道は心身ともに体力が必要なので今週は無理をしないことにして、体調の復帰を待ち望んでいます。
まさしく今年の伝道開始に際しての備えのときでしょうか。
ということで備え祈っていきたいと思いますが、どうかともにこの再開のときのためにお祈りいただけると幸いです。
働きが広がると攻撃も増すのを日に日に感じていますが、だからこそ主の栄光が燦然と輝くことを確信しています。
すべて主の栄光にあって

お祈り心より感謝致します。
再開の予定が決まりましたら、またお知らせ致します。

在主

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今日のかて

私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。
迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。
いつでもイエスの死をこの身に帯びていますが、それは、イエスのいのちが私たちの身において明らかに示されるためです。
私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるためなのです。
《新約聖書 コリント人への手紙 4:8-11》

この御言葉は人生に苦しみはないと言っているのではなく、キリストを信じる者だからこそ会う苦しみについて語っています。私たちが会う苦しみのほとんどは私たち自身が解決しようと私たち自身が抱えるとき、耐え難い苦しみとなります。それは苦しみの本質が死という性質を帯びているからです。つまり私たちの生活の中に現れる死の側面、そこに現わされたものに私たちは苦しみを持つのです。ですから、私たち自身がその苦しみを握り締める時に苦しみはなおさら深みを増すのです。私たちにとって手放したくないもの、大切と考えているものほどその苦しみを手放すことは難しいでしょう。つまりこの問題を何とかしなければ、しかし何ともならない、何とかする方法がない。焦りと苦しみのうちに、その悩みが死に向かっているものであったり、破壊破滅に向かいのろわれたようなものであったりすることを知ることとなるのです。
そうです。ここに自分に於ける死が迎えられるのです。このときこそあなたのうちにキリストの十字架の死が現れる時なのです。あなたの苦しみとともにあなた自身をその十字架にかけ、死を迎える時が来ているのです。
苦しみにある死を私たちはどうにもすることが出来ませんが、すでにキリストはご自身のうちにあなた自身をその苦しみと死もろとも十字架につけてしまわれ死に渡されてしまいました。あなたはすでに死んでいるのです。このキリストのうちにあって、キリストとともに自己が死ぬことを知るとき、私たちは同時にキリストとともによみがえることをも知るのです。
彼のよみがえりは偉大です。死に打ち勝たれたからです。つまりあらゆる死の性質を帯びるものに勝利されたからです。もちろんあなたの苦しみも死もすでに打ち勝たれました。苦しみは死はよみがえりのうちに圧倒的な勝利と変えられたのです。それがどのようにしてかは神の栄光として現れるそののちの結果を見ればあきらかでしょう。あなたの手には一切よらず、神の手によりその苦しみはその原因となるものもろともに完全な形で解決をみるからです。
私たちはここにキリストの死とよみがえりを日常的に知ることとなります。つまりキリストを知る者は人生に寄せ来たる苦しみのうちにキリストの死とよみがえりを日常的に知り、すべての苦しみを常に超えて圧倒的な勝利者となることができるのです。
キリストを信じる者に与えられる最高の希望、それが死とよみがえりです。この奥義は偉大です。
それはこの地上に居ながらこの世の法則を超えて、天の上(天国)を歩くように人生を歩むに至らせるものだからです。
この死とよみがえりを与えたもう私たちの主に、感謝を捧げていきましょう。そしてその感謝をもって私たちの祈りと願いを主の前に捧げましょう。

ハレルヤ!あなたの偉大な御名を賛美致します。今あなたの十字架の御業を見上げ心から感謝をお捧げします。あなたは今私たちの苦しみのすべてをご存じです。あなたはその苦しみの訳をすべて知り、すべてを聞いてくださいます。そしてその苦しみをあなたはご自分のものとして我がために負い、十字架にかけられたことを思います。感謝します。すべては死につけられたもの、あとはあなたのよみがえりを見るばかりです。そうです。この苦しみの跡こそあなたのよみがえりが現われ出るためのもの、栄光が輝き出るためのものでありますから、感謝いたします。あとはただあなたの栄光を待ち望みます。ただあなたを待ち望みます。感謝します。このあとに現わされるすべてのことをもってあなたの御名がたたえられますように。


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