『一発逆転』通信

あなたの生活に豊かな彩を・・・ Jesus, You're the Center of my joy.

2008年02月

今日のかて

 私たちにではなく、主よ、私たちにではなく、あなたの恵みとまことのために、栄光を、ただあなたの御名にのみ帰してください。
旧約聖書 詩篇 115:1

神は人を通して栄光を現わされるときが多々あります。それは私たちをともに栄光のうちに入れ、ともにその栄光を喜ぶためであり、私たちのような不完全で弱い人という存在だからこそ、その栄光こそ神のものであることがわかるためです。この神の栄光のうちに私たちをひとつとしてくださることこそ、私たちを底まで愛してくださる神の深い愛の現れと言うことができるでしょう。
しかしそのとき、人は目の前に現れた栄光を自分のものとしてしまう、これは自分自身ですらその栄光を握り締めていることに気づかないのですが、そのような性質を持っているのです。それは最初の人アダムとイブが悪魔に騙され、罪を犯し、神に近づくことができない、近づくことを赦されないのろわれた存在となったときから持っているものです。人は神のようになれると騙され、自らが神となり、また神から独立した存在になろうとしたところから起因する最初の罪、神から離れ背を向けて一人で生きようとする罪がここから始ったのです。そのような罪が自らをいかに神から引き離し、神の存在すら忘れ去ってのろわれた中に生きてきたかということは、各々みなさんの過去を振り返るのであればすぐにわかることでしょう。神に出会うまで私たちはそのように生きてきたのですから。
ではこの神が現わされたこの栄光をどのようにして神のものとして私たちは神のもとに帰すことができるのでしょうか?
まさしくそれこそが今日語られる御言葉、人が捧げうるもっとも素直な祈りそのものなのです。
すべての栄光を自らに握り締めるとき、そのすべてのものは私たちのゆえにのろわれたものとそして死んだものへと姿を変えて行ってしまいますが、その栄光を自らに残さず神に捧げたとき、神はその栄光をもってさらなる祝福の高みへと私たちを引き上げてくださるのです。
神の喜びが私たちを喜ばせ、私たちの喜びが神を喜ばせる。自らを喜ばせるために自ら生きるのでは決して得られない、死とのろいにはないいのちと祝福の法則、そこに神の国の法則が表われされています。
だから、あなたの目の前に現わされた栄光を心から喜んでください。そしてその栄光は何一つ自分のものでなく、すべて主がなされたことであることをこの喜びを持って告白しましょう。その告白を尽きることのない賛美として神の御前に捧げましょう。そうです。彼こそ今生きて私たちに栄光を見させる神、主に御名に栄光あれ。

私たちが生きることに日々行き詰まり、悩み苦しみ、あなたに叫んだ祈りを、あなたはすべて親しく聞き、すべてを祝福に変えられ、私たちはその栄光を見ました。私たちに何ができたというのでしょうか。人にそのような力があったでしょうか。私たちに何が誇れるでしょうか。誇るとするならば、ただあなたのみ、あなたのゆえにすべてが喜びと変えられたのです。あなたこそ私の喜び、だからあなたの喜びが私の最大の望みなのです。ただあなたの御名にのみ栄光がありますように。とこしえにとこしえにかわらず。ただ主にのみ栄光がありますように。


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今日のかて

 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。
新約聖書 エペソ 2:8

ここに信仰というものが神からの賜物であることがわかります。
賜物は完全なる神の現れ、私たちの内に住まう御霊、聖霊なる神の私たちを通しての現れです。それは完全なる神ご自身の現れですから、すでに与えられた時から完全なものであり、才能と言ったものとは全く次元の違う、得手不得手とかどれほどの才能があるかなどという程度があるような、不完全なものではありません。
何という恵みでしょうか。この信仰が神からの賜物であるからこそ、私たちは人間の努力や、知識などの私たちの持ち合わせているものにはまったくよらず、イエスキリストが私たちのために十字架にかかってくださった救い主であることを、疑うことなく信じることができたのです。その神がいるかいないかということや、その存在を信じ込もうとするのではなく、私たちと直接関係を持ってくださる神として、今生きている神として認識することができるのです。まさしくそれは神が私たちのうちに住んでくださったということをおいてはなしえない考えられない奇跡です。
さらにこの信仰がこのように神からの賜物であるということは、私たちはさも信仰を手にしていないかのように、自らの信仰の薄さに、また信仰のなさに嘆くのですが、もうそのような必要はないのだということを知ることができるのです。その信仰は私たちのうちに生きる神の中に、完全な形で備わっているのです。
そうです。信仰は私たちにかかっているのではなく、もはや私たちのうちに住まわれるキリストの信仰にかかっているのです。
だから私たちはキリストの義によって義とされたと言い、キリストの信仰によって信仰をすでに持っていると力強く宣言しましょう。
それを惑わすものはすべて偽りであるとはっきり宣告を与えましょう。
恐れることは何もありません。私たちのうちに住まわれる彼こそ、来たるべき王、さばき主なるキリスト・イエスなのですから。
そしてその信仰の元に神に祈り、すでに神が私たちのためにご用意されているすべての約束を御恵みを、大胆に余すところなくすべて受けとろうではありませんか。

ハレルヤ!
今私たちはすべての偽りを砕き、今私たちのうちに生きるキリストの完全なる信仰の基に身を置きます。あなたの見つめる世界は私たちの目で見ている世とは異なり、神にある完全なる勝利の世界であり、絶望や嘆きや苦しみはキリストの十字架の上にその死とともに完全に処理されたもの、それらが私たちの目を塞ぐのであれば、それらはすでに偽りであるのだということを主イエスキリストの名により高らかに宣言します。そしてキリストのよみがえりとともにすべてを栄光として受け取とります。この大いなる死と復活の恵み、そしてキリストの内に住まわれる真理を愚かな者に与えてくださった主に感謝致します。ただあなただけが主、あなただけが神、あなたの御名を高らかに賛美致します。

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今日のかて

また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。
私は鎖につながれて、福音のために大使の役を果たしています。鎖につながれていても、語るべきことを大胆に語れるように、祈ってください。
新約聖書 エペソ人への手紙 6:19,20

ほんのしばしでしたが、充電の時間をいただいていました。というのは、すでに神様が語りかけてくださる時しか、メッセージを語ることができなくなってきたからです。これは何とも幸いなことです。自分の思いや計画にはいのちが宿っていないからです。いくら良いことを語ろうともそれは神のみおもい、神の言葉の前には何の意味をなさないいのちを与えない死んだ言葉の羅列に過ぎないからです。
だから私は神様に従い神様の時を待ち神様のみおもいだけが現わされたらと心から願うのです。
どうか、この小さき者のためにお祈りください。
そして語り出された言葉がみなさんの人生を建て上げ、キリストのみからだを建て上げますように。
神の御国がそのことによって、この地に広げられますように。
お祈りください。

ただあなたの御言葉だけがこの天地を作るもの、すべてのことはうつろいゆき、ただあなたの御言葉だけがとこしえに変わることはありません。どうかあなたのみからだたちがただあなたの御言葉によって建て上げられ、またあなたの御国をこの地に現わす者としてくださいますように。あなたの愛する者たちはあなたが願われたように、この地にあってあなたを現わし、この地にあって平和をもたらし、祝福を祈り、人々を罪から解き、いのちにつなぎ、愛にあってひとつとなりまたひとつとする者として生きていきますから、どうぞ御言葉の真理によって彼らをきよめ、自由を与え、いのちを与えてくださいますように。主の御名で祈ります。アーメン†


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お祈りください

ハレルヤ♪
いつもお祈り感謝いたします。
先週木曜日は、ある新たな試みのためのちょっとした下調べをした後、Hさんと分かち合いのときを設けました。ともに伝道の働きをする中ではこのような分かち合いのときを持ち互いに祈り合うのは大切なことと考え、これからもオフシーズンの木曜日には神を見上げる時間と共に分かち合いの時を持ち、暖かくなるのを待とうと考えています。

さて、今日はもう一つお祈りいただきたいこともあり、メールしました。
実はいつも新橋等、僕たちの働きを祈り支えてくださっているある姉妹(Sさん)がオーストラリアで大きな働きをしに2週間ほど滞在することになっています。
その方の娘さんも以前新橋や新宿でともに伝道をしていた仲間なのですが、現在はオーストラリアでイスラエル人の伝道に携わっています。
そして、ハヌカの祭りが大々的にオーストラリアでも開催されるため、そこに伝道をしに行くというのです。もちろん命がけの伝道となることはいうまでもなく、ですからそのような大きな働きに親子でともに戦いに行くということなのです。
まさしく頑なにされたイスラエルの民に福音を語ることはもちろんユダヤ教徒ですから、非常に困難、迫害は必至という覚悟でしなければなりません。
ましてやユダヤ教の祭りに潜入しそこで伝道するというのですから、想像以上の戦いが予想され、多くの方々に祈っていただくことがとても大切と考えています。
どうぞ、Sさんと言いますが、その方のためにお祈りください。
今日飛行機でオーストラリアに向かっているはずです。

それではまた
冬の間は僕も継続していろいろな方法で伝道を続けていきます。続けてお祈りいただいけると幸いです。

感謝

◆◇◆◇◆◇◆◇
from Taka♪

路傍伝道の予定は事前に
http://jevent.jpn.ch
にてお知らせさせていただいています。

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光の子よ

9555e6d2.jpg光の子よ
光の元に帰れ
偽りの闇に身をまかせず
囚われの闇を床とせず
罪の闇を住家とせず
失意と絶望は
涙のように常に押し寄せ
終わることはないのだから
絡みつく闇を捨てて
光の元に帰れ
その暗闇とともに滅びに消えゆくその前に
光の子よ
光の元に帰れ

忘陽

5ce37fa8.jpgうんざりする日常の
漏れ溢れる溜息を越えて
今日も陽(ひ)は
眩しするほど輝き
昇っていたんだ

新橋へ

今、心のうちに賛美を捧げ祈りつつ、新橋へ向かっています。
ただ主の御顔を求め、ただ主のみこころを仰ぐために向かいます。
ただこの想いを心をすべてを捧げるために向かいます。
ただ主がこの礼拝を受け入れ、豊かに祝福してくださいましように

在主

木曜日は新橋伝道礼拝

ハレルヤ♪
明日は天候と体調が許されるなら新橋に行く予定でいます。
と言っても、屋外は避けますので、いずれかの室内でと考えています。
先月1ヶ月の時間をいただいて祈っていましたが、やはり木曜日に主に捧げる礼拝をいかに主が望んでおられるかを、自らの渇きの中に見つめることができました。
ということで、どこでどのようにするかなどは何も考えることなく、まず明日は礼拝を捧げるために新橋に行ってみようと思います。
そこで主が自然に導かれるでしょう。
福音を必要としている魂もいずれそこに主が導き招かれるでしょう。
主の最初のみおもいのままに、いずれ伝道礼拝の場所となって行くでしょう。
だからまず集合は新橋SL広場にしようと思います。
そこからいずれかの室内に移動する予定です。
どうぞ主の導きをお祈りいただけると幸いです。

ただ主の御顔を求めて…


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from Taka♪

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今日のかて

いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。
あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。
何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。
新約聖書 ピリピ人への手紙 4:4-7

人生いろいろありますね。
人生には思わぬことが起きて、いろいろ考えさせられる一日というときがあるものです。思い悩んでも、明日は変わりなくやって来るのですが、それでも考えてしまう。悩んでしまう。それは仕方がないのでしょうが、そこに留まることで余計に傷ついてしまったり、前に進むことを止めてしまったりすることがあるでしょう。
今日のあなたはどんな一日を過ごしましたか?
すべてのことを主に感謝するとき、すべてのことは主の御手の中にあることがわかります。
それらのものはすべてが良いものであることを知ります。それは神が正しい方であり、神そのものがとこしえに善である方であり、それを神はやめることはできない方だからです。それをやめた時、この世界のすべての秩序は崩壊し、世界自体が崩壊してしまうからです。
また同時に、主は誠実な方であることを知るのです。私は不誠実であっても、神は私のために十字架にかかるほどに、死に至るまでこの私に対して誠実な方であるということを知るのです。それはいついかなるときも、とこしえに変わることはありません。
だから、たとえば喜ばしいことがあるときだけでなく、いやむしろ悲しかったり、辛かったりするときにこそ、その感謝の中に主の真実を知ることができるのです。神を喜ぶことができるのです。そしてその先に用意されている神の栄光をも、先に見て感謝することができるのです。
だから、今日はひととき主に感謝を捧げるときを持ちたいと思っているのですが…。

今、主が私のすべてを御手のうちにおさめてくださっていることを感謝します。私たちにとって良きことも、また悪く見えるような現実も、すべてはあなたの御手の中にあります。そしてそれらがあなたのゆえに、すべて非常に良かったものであることを知り、感謝いたします。私の思いがどこに迷いどこに留まりどこでしゃがみ込んでしまっても、あなたはそのすべてをその身に背負ってくださり、私はあなたの背の上に負われて明日に進むことができるから、感謝いたします。あなたの背の向こうに栄光の明日があります。ただそのあなたの栄光を見上げて、心から感謝いたします。あなたの背の大きさに暖かさに、そして絶えることのないこの平安に感謝いたします。私はあなたのものです。とこしえにあなたとともに歩みます。感謝します。


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ジンマシン

最近土曜の夜になるとジンマシン出してます。
先週も今週も…
困りモンですね♪
プロフィール
Taka♪

新橋駅前広場にて、人生の真実を叫び続ける伝道者、ストリートメッセンジャーのTaka♪です。
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