『一発逆転』通信

あなたの生活に豊かな彩を・・・ Jesus, You're the Center of my joy.

2008年01月

今日のかて

 それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人にとっても神ではないのでしょうか。確かに神は、異邦人にとっても、神です。
新約聖書 ローマ 3:29

確かにこれまでお話してきた素晴らしい恵みと祝福の話、その源である私たちの神はクリスチャンのためだけのものではありません。また最初に神に選ばれた選民ユダヤ人のためだけのものでもありません。(選ばれた民のことに関しては旧約聖書に語られていますが、それはまた別の機会に。)
神の愛はこの地上にいるすべての人々に向けられているものです。
イエスキリストは私たちにいのちを得させるためにご自分のいのちを十字架の上で捧げられました。身を八つ裂きにされ、血を流し、苦しみを負い、悲しみを負い、痛みを負い、私たちの罪を負い、その罪の呪いをも負い、その結果たる死をも負い、そのようにして私たちが負うべきものすべてを負って、いのちを捧げられたのは、あなたにいのちを与えるため、あなたを生かすためでした。そのように神の愛はすべての人々に向けられているのです。
そして、これほどまでにあなたは神に愛されています。
あなたを、死から生へ、呪いから祝福へ、彼の愛は彼の姿が壮絶なほどにあなたに激しく注がれる燃える愛であり、今もそれほどまでに真剣にあなたの人生そのものを背負おうと愛しているのです。
まさにあなたの苦しみ悲しみを自分の体が裂かれる痛みとして負われているのです。
これほどの愛をあなたは知っているでしょうか?
これほどの愛が、今は神を知らず神を離れていようとも、神を信じる私たちと同様に、やがてキリストの体とされる兄弟姉妹たちに注がれていることを知っているでしょうか?
確かに、神を信じ救われた私たちを、神は新しく生まれ変わらせキリストご自身の体の一部としてくださいました。だからこそ、私たちはキリストの体として、この痛みをいまだ神に出会えずにいる多くの人々に対して担っているでしょうか?彼が負われている、いまだ切り離された体を、身を裂かれる思いを持って痛まれている、この痛みを担っているでしょうか?

愛する主よ。あなたがこれほどの熱情を持って私たちを愛していてくださることに心から感謝致します。私たちはあなたを愛し、またあなたの深いみおもいを仰ぎます。喜びも知りますが、今あなたが痛まれるそのみおもいをも、お教えください。かつてこの地にあなたが人の子としておられた時、やがて滅びゆくエルサレムを見つめ涙を流されたように、今もなおあなたが涙を流し見つめられておられる、その涙を負わせてください。あなたの涙を持って祈らせ、あなたのそのみおもいを持って、御救いをその福音を運ぶ者とならせてください。私たちをあなたの体としてくださったことを心から感謝致します。


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今日のかて

いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。
新約聖書 ピリピ人への手紙 4:4

どのような時にあなたは喜びますか?
何かで一等賞になった時でしょうか?
何かの目標などを達成した時ですか?
何か欲しいものを手に入れた時ですか?
予定していたことがうまくいった時ですか?
人に認められほめられた時ですか?
こんな時あんな時と数え上げたら切りがありませんが、いつも喜ぶというのであれば、それらは時が経れば消えるもの、そこにだけ止どまることに固執するならやがてそれらは虚しさへと形を変えて行ってしまうものです。
だからと言っていつも喜ぶために、無理に喜びを自分で集めようと努力しても、また無理に喜んでいるように思い込んでみても、やがては喜ぼうとすることにただ必死になってしまって、時には悲壮なまでにストイックになり、喜ばなければいけないと脅迫観念にまで迫られ、やはり虚しさだけが残ります。
つまり、ここでいういつも喜びとは人の努力によっては手に入らない喜びであることがわかります。
また、同時に人間の本質的なものをすべて満たすからこそこれほど喜び続ける事が可能であるということがわかるでしょう。
神による喜び、神から与えられた喜び、やはりここにおいても、世の与えるものと神の与えるものが根本的に大きく異なり、またそこに生きることこそ、キリストを信じる者、クリスチャン、キリスト者の得るべき大きな恵みがあることが理解されます。
神が私たちに与えてくださる喜びとは、まず神ご自身が私たちのうちにいのちとして生きる喜びです。
それは神ご自身が聖霊なる神という形で私たちのうちに生きるからこそ、死からいのちに移され、死の恐れに捕われることなく、神のいのちが、生きているという充足感が、泉から川が湧き出るごとく溢れるというもの。そしてそれが喜びとして絶えることなく湧き出て、さらには私たちの心の表面にまで、やがてはあなたの外側にまで溢れ現れるというものです。
もうひとつ、同時に神が私たちに与えてくださる喜びとは、私たちが神のうちに生きるという喜びです。
私たちのいのちは、すでに誰にも奪い去ることのできない絶対なる存在、神の中にあります。そしてすべてのものが神のうちに充ち満ちており、その神が私たちに向けてくださる絶大なる愛のゆえに、すべてのものが完全なる形で私たちのためにすでに用意されているのです。苦しみに備えられた脱出の道も、悲しみに備えられた慰めも、私たちの欠乏・貧しさ・弱さを埋める神の豊かさ恵みの数々も、そしてすべての問題すらむしろ神の栄光として変えられて、あなたの生涯を埋め尽くす祝福も、すべてはすでに用意され充ち満ちているのです。
神のうちに生きる私たちは、神を信じるということだけをカギとして、つまりこの非常に単純な信仰という原理により、神からすべてのものをあなたの手に受け取ればよいだけなのです。すべてはすでに行われており、すでに用意されており、すでに完成しているのです。イエスキリストが十字架で流された血の契約により、すべてはすでに成就しているのです。
もうあなたは生涯において、不安になることも、何かに恐れることすら必要がないのです。
私たちのうちに神が生き、私たちが神のうちに生きる、神と一つとされて生きる人生は、このような喜びにいつも満ち溢れているのです。
この神から与えられた喜びを生涯存分に受け取りましょう。その喜びをもって尽きない感謝と賛美を神に捧げていきましょう。
ともに捧げていきましょう。

主よ。私はあなたを心から喜びます。私はあなたを賛美します。なぜならあなたは私に十分だからです。いや、こんなにも溢れているからです。そうです。あなたが私の、私たちのすべてとなってくださったからです。あなたを私のこのすべてをもって喜びます。あなたをこの小さな私のすべてをもって愛します。とこしえに愛し続けます。こんなにも、とこしえに愛してくださるからです。私たちをあなたととこしえに一つとしてくださったからです。何という喜びでしょうか。私たちはあなたを賛美します。


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今日のかて

 イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」
新約聖書 ヨハネ 3:3

プロ野球選手がどこかの球団に属さなければ、プロ野球選手としてプレーすることもできないし、またプロ野球の世界がわからないように。
また歌舞伎俳優として歌舞伎界に属さなければ、歌舞伎の舞台に立つこともできなければ、歌舞伎の世界を知ることができないように。
神の国もそこに属さなければ、外からはこんな感じだろうこんなものだろうと想像しても、本当には神の国を知ることもできなければ、想像を超えるほどの素晴らしい神の恵みに溢れた人生を歩むことも出来ません。
それは神の国だけに存在する神の莫大な財産を神の子として受け取り、そのすべてを使用することを許されると言った類いの壮大なものですが、やはりこれを理解することは神の子とされてから初めて知るのです。神の国に生きて初めてそれを見るのです。
神の子とされ、新しく生まれなければ神の国に属することは出来ません。
これがキリストの教えの最もはっきりとした部分、多くの人はこの明確さにつまずく人もいるでしょう。頭で理解することでも悟ることでもこれを手に入れられないからこそ、キリスト教をただ教えとして見る人には難しく映るでしょうが、この神の御言葉が端的に表しているように、これは私たちが生きて行くのに当たってのいのちの問題、つまりいのちの所属先(神の国に属するか否か)とその属性(属する場合に与えられる性質)の問題、だからこそ新しく生まれる必要があるのです。

 イエスがキリストであると信じる者はだれでも、神によって生まれたのです。
新約聖書 第一ヨハネ 5:1

だからこそ神はあらゆる条件に関わらず、誰でも平等に最も簡単な方法でその真理を受け取ることができるように、ただ信じるという信仰によってのみこれをなされるようにされたのです。
私たちには一切努力を強いられず、神ご自身の犠牲(十字架)によってのみ、その犠牲を信じることによって受け取った者を新しく生まれさせるのです。

 私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。
新約聖書 第一ペテロ 1:3

あなたは新しく生まれていますか?
この神から与えられた新しいいのちが私たちのうちで生き生きと生きること、つまり私たちのうちなるキリストのいのちがそのうちに生きる実感こそが、神の子として生きる実感に関わる大きなことであり、クリスチャンとして生涯生きて行く中で何より重要なことです。(なぜならそのいのちのためにキリストは十字架に架かられたのだからです。)
そしてそのような日々を通して、私たちは自分の人生の中で神の国を、肌で実感しながらはっきりと知って行くのです。


愛する天の父なる神様。どうか、いのちの砂漠と化したこの日本に住む、多くのいのちに渇くひとびとに、ただあなたの熱情のままにいのちが与えられますように。救われますように。
またすでにあなたに救われた者達が日々あなたのいのちに満ち溢れ生きることができますように。私たちのいのちのことをあなたがどれほど切実なる思いで見つめておられるのか、どれほどあなたのいのちに溢れ生きることをあなたが切に願っておられるのか、私たちが深く知ることができますように。あなたの十字架の上で注ぎ出されたキリストのいのちがあなたを信じる者のうちに今まさに生きていることを深く深く知ることができるますように。そしてその熱情のままに、私たちをあなたのいのちに満たしてくださいますように。


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『一発逆転』人生塾 vol.55 BP vol.10

これまで注意深く警戒していたことが現実のものとなってしまいました。サブプライムローン問題を始めとするアメリカの景気先行き不安から、アメリカ株式が大幅下落。その煽りを受けて日本株式も年明けから大幅に下落を引き起こしました。年末年始の日本の株式取引が休みの時期に、また日本の一年の最初の株式取引に、このことが起こったというところにこの問題の深刻さが受け取れます。
つまりアメリカにこれまで追随し依存する形で進んで来た日本経済がアメリカ経済の先行き不安に明らかに振り回され自力ではどうにも持ちこたえられない、この現状が限界に近づいているということになるのです。
一方、このような現状の中にあっても中国を始めとする新興アジア経済は影響こそあれど、先行きが暗いなどとは到底思えない経済成長の中にあり、長期的には世界経済の中心が中国に移譲するのではないかと予測される声さえ出てきているのが現実です。
その明暗を見るならば、日本経済がどこの国を中心に取引をすればよいかという問題ではもはやなく、むしろ日本の国自体の評価が、経済的評価という指標において長期的に見れば全く失われていると言わざるを得ないと考えられるのです。
個人の金作りに注目し過ぎて、国作り、社会作り、国の宝である国民の人間(人材)作りを疎かにした結果であることは、経済だけでなく、昨今の犯罪、事件の内容や年々減ることのない自殺件数などを見るのであれば火を見るより明らかです。
かつてローマ帝国という揺るぎないと思われた世界の中心国がありました。
この国の滅亡する最後の姿は悲しいかな今の日本と酷似しています。一見豊かで華やかな社会、しかし内情は個人個人の欲望にまみれ、肝心の国の中心は腐敗し空洞化していました。そして当然の国の滅亡に繋がって行ったのです。
世界の中心国が移譲するのは歴史的に当たり前のことでしょう。しかし人が国が滅びて行くことは深刻な問題です。
あなたの、そしてあなたが作る国の中心は空洞ではありませんか?
あなたはその空洞を明確に支えるものを持っていますか?
お金ではそれは埋まらないことを知っていますか?

《マタイの福音書 7:24-27》
だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なう者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。
雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。
また、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なわない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。
雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもそれはひどい倒れ方でした。

わたし=イエスキリスト


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『一発逆転』人生塾BP vol.10

今日本の景気は久しぶりに回復してきていると言われるようになりました。
皆様の生活においてはそれを実感しているでしょうか?
会社の経済には反映しているでしょうか?確かに新卒採用が増え、またボーナスや給与の面など、景気回復の結果と言えるような実感を得ている方々も増えているのかもしれません。
それでは、皆様の生活がどのように変わったでしょうか?どのように充実したでしょうか?
景気が悪化していたときは何もかも問題の原因がそこにあるように思えていましたが、回復した今もう一度その問題を見直したとき、どれほどそれらに変化があったでしょうか?
実はあなたの生活や人生、そういった多くの面では変化もそれほどはなく、ましてや回復と言われるような現象はあまり起こっていないことに気がつくのではないでしょうか?
そうです。経済だけでは満たされない。むしろ、他の部分に足りなさ欠けているものを感じている方も多いかと思うのです。
今の社会はすべてが経済で満たされるというような錯覚を起こさせる構造を持っています。ですから、企業は利益を生み出すことを目的とした活動体であるかのように思われがちです。
しかし、人生の大切なことのほとんどはお金では解決できないものです。
そうして考えた時、経済だけでは満たされ得ない役割を私たちひとりひとりは担い、また企業ひとつひとつが担っているとも言えるのです。
社会における私たちの働き、貢献。私たちがそのことから、利益だけに目を奪われた結果を、私たちは今、自分自身の生活のひとつひとつの問題の中に社会問題として見ているとも言えるのではないでしょうか?
そうした視点で見るならば、私たちの本当の社会での役割が見えてきます。
働くとは何か?
社会を構成する私たち、そして私たちの働き場である会社、一人一人がもう一度、しっかり見つめ直すべき時が迫ってきている。今の日本の国に山積されている問題を見る度にそう思うのです。

あなたの働きとは何ですか?

《旧約聖書 伝道者の書 5:10-16》
金銭を愛する者は金銭に満足しない。富を愛する者は収益に満足しない。これもまた、むなしい。
財産がふえると、寄食者もふえる。持ち主にとって何の益になろう。彼はそれを目で見るだけだ。
働く者は、少し食べても多く食べても、ここちよく眠る。富む者は、満腹しても、安眠をとどめられる。
私は日の下に、痛ましいことがあるのを見た。所有者に守られている富が、その人に害を加えることだ。
その富は不幸な出来事で失われ、子どもが生まれても、自分の手もとには何もない。
母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。
これも痛ましいことだ。出て来たときと全く同じようにして去って行く。風のために労苦して何の益があるだろう。


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『一発逆転』人生塾 vol.53

「尊厳ということ」

今という時代は
人の人格を引きはがし
人は物のように扱われることに慣れ過ぎてしまった
私がどのようなことを考え
どのようなことを大切に思い
誰を愛し深く想いを巡らし
どのようなことに生きがいを見出だし
いのちを燃やして生きるのか
そんな大切なことなどお構いなしに
時間とともに私のすべてが消費社会の渦に飲み込まれて行くようで
残った物など何も意味をなさないものばかり
私が生きて来たことなどどこにも残しようがない。
独りそう呟く。

いったいどこに私の痕跡を刻みつけておけば、私は生きて来たことになるのか?

引き剥がされた私という人格が
もう失われてしまった人格が
奥深く深くからうずき
むせび泣いても手遅れと言わんばかりに
でももう元には戻れない
私という存在はどこに消えてしまったのか?
私を大切な存在だと抱き締めてくれる人はどこにいったのか?
存在の尊さ
それを人の尊厳という
その言葉は立派そうに響く
だが私にはその尊厳がない
失われた尊厳

あなたの叫びを
あなたをかけがえのない存在としてこの地に作り出した父なる神という存在は
今もあなたをわが子よと呼び
何よりも大切な存在だと
あなたを受け入れ抱き締めるため、御手を広げて待っている

《イザヤ書 43:4》
わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。


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ありがとうございました

ハレルヤ♪
とうとう年が明け、今年は少し早いイースターが見えて来ていますが、いかがおすごしでしょうか?
昨年も皆様の祈りに支えられ素晴らしい御恵みの数々を見させていただきました。本当に幸い、本当にありがとうございます。
今年も続けて魂の救いを祈りまた伝道に励んで参ります。何卒さらに続けてお祈りいただけると幸いです。

さて、前回のクリスマスキャロルは非常に恵まれたことをご報告します。
最初に集められたのは僕も含めて4人。新橋SL広場にて御降誕の賛美をしともにクリスマス屋外礼拝を、続いていざキャロルと思っていたのですが、ひさびさにお会いできた参加者のゆみさんの悩みを伺っているうちに(ゆみさんもかなりいろいろな事情を抱えておられるようです。イエスキリストを救い主として信じますとは告白されていますが、これまでの宗教背景からまだ混乱の中にあり、神・罪・救いの話も何かの宗教的概念と合わさり違うものと変わってしまい、罪の赦しもわからずにいます。お祈りが必要に感じられます。)時間も経ち、少しだけともに賛美をしました。体も冷え切ってしまったので、ゆみさんと3時ごろお別れしてから、しばしの休憩。
一時はこの寒い中に再びというのはちょっと躊躇したのですが、結果的には体を温めてから新橋から銀座へのクリスマスキャロルに行くことにしました。
どのような形でキャロルしようか考えてまずしばし神に礼拝を捧げたのですが、新橋から銀座までの中央通りを信号ごとに立ち止まって、賛美と伝道メッセージをすることにしました。
一ヵ所だけ近くのお店の店員さんに言われて場所を移動しましたが、それでもすべての信号がある交差点で賛美を捧げショートメッセージを語ることが許されました。
そして、最後は銀座四丁目の交差点。とにかく人がたくさんいました。交番から一番遠い交差点が三越デパートの前で、ちょうど良いように燦然と輝いて見えましたが、さらに人、人、人。まずはその場所に立ってみましたがさすがに緊張は拭えませんでした。
しばし、小声で賛美。しかしここにも主の臨在は溢れ、不安と恐れは拭い去られ、そこにおられる多くの人まで届くように大きな声で賛美。
心動かされるうちにやはりいつものように伝道メッセージを思いの限り叫んでいました。
デパートの中にまで声が響くのが聞こえ、多くの人々が話を聞いていました。主の思いがやがて溢れてきて、気がつけば涙とともに霊に導かれるままを叫んでいました。僕の中にはそれを受けつつ、本当に感動に次ぐ感動でした。
神様は誰にも妨げられることなく1時間、声の続く限りの時間をくださいました。文字通り声枯れ果てるまで。終わると本当に脱力と止まらない止めることのできない臨在と興奮と感動。そして感謝のうちに伝道を終えました。

今でも、この日を思い出すと心が震えます。本当に忘れられない一日でした。
たまたま思いつきで始まったこのキャロルですが、来年もまたキャロルできればと密かに期待しています。

ということで、昨年の伝道を終え、年明けて寒さも厳しく、例年新橋のいつもの場所も人が少なくなり、また語れど寒さに皆さんが震えながら聞く時期に入ってきましたので、外での伝道はしばし今年もお休みしようと思っています。
ただし、例年はただオフシーズンでしたが、今年はこのすでに始まった伝道礼拝の火を消すことなく、どこか新橋近くの室内に代えて持つことはできないかと考えを巡らせています。
どうぞ、主がみこころのままに導いてくださるようお祈りいただけると幸いです。
ただただ、主の御名が讃えられますように。
この弱いとるに足らない者をもこのような恵みの数々の中に導いてくださる主に、ただ主の御名にのみ栄光がありますように。
さらに主のみこころがなりますように。

感謝 


◆◇◆◇◆◇◆◇
from Taka♪

路傍伝道の予定は事前に
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にてお知らせさせていただいています。

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今日のかて

今年最初の今日のかて、著者ともども本年もよろしくお願いします。

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
この方は、初めに神とともにおられた。
すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
新約聖書 ヨハネの福音書 1:1-3

さて、年の初めにあなたは何を最初に心の中に置きましたか?
何を大切なことと考え、何に心を向けていますか?
この聖書の箇所には世界のはじめについてが描かれています。つまり天地が創造される前、まだ何もない時、すべては何から始まったのかについてを明確に表しているのです。
初めに神、初めにことば(御言葉)、初めにイエスキリスト(人格を持たれた生けることば)。
そして、私たちが初めて神に出会い救いを受け入れたときも同様に、神はここから私たちの人生を新しく創造されるということを知ることができるのです。新しい人生の始まり、人生の回復、いのちの回復を、具体的に肌で感じ体験した人もいるのではないでしょうか?
新しい人生とは、神の子として生きる、神の国の住人として生きる、というまさしく世間では見たことも聞いたこともないような全く新しい生き方です。
もちろん、誰でも、何も知らないところ、何も持っていないところからのゼロからのスタートは難しいものです。例えば、あなたが突然知らない外国の住人として生きなければならなくなったとしたら、当たり前ですが、途方にくれることでしょう。まして、全く未知の神の子としての新しい人生、想像すらかなわない神の国の住人としての新しい歩みなど、人知をはるかに超えている話です。だからこそ、私たちの持っている何かによってではなく、また私たちの努力にも全くよらず、ただ、「初めに神」、「初めにことば」、「初めにイエスキリスト」により、新しい人生が創造されるのです。
さらに、神が私たちの人生を日々創造される、私たちの毎日の生活においても、このことは全く異なることはありません。
まだ知らない未来、今日がこうだから、昨日がこうだったから、明日も必ずこうなるなどと、思うようには全くうまく行かないのが人生です。人生設計通りに事が進まないことなど、昨今の日本が抱える問題に目を向ければ、考えたくもないほど明白です。
しかし、この毎日が初めに神により創造されたものであるを知り、また私たちがその日々の中に注がれている神の愛と恵みを毎日神から受け取って歩むのであれば、未来は決して不安なものではなく、最良で麗しいものとなるのです。
努力が足りないのでも、計画性が足りないのでも、持っているものが足りないのでも、知識や知恵が足りないのでもありません。問題はあなたによるのではなく、あなたがすべてのことにおいて初めに何を置くかなのです。そこに神からの創造が始まるのです。
あなたは初めに何をあなたの前に置きますか?

愛する主よ。今日もあなたがこの日を創られ、溢れる恵みにこの日を満たしてくださっていることに感謝いたします。もはやこの恵みは私たちの考えや知恵や想像をはるかに超えています。心より感謝します。なぜあなたはとこしえに変わることのない「ことば」、また天地をそれにより創造された、この「御言葉」の中に豊かな約束を刻み、その約束こそあなたのものだと私に言ってくださるのでしょうか?なぜその約束を、イエスよ、あなたの十字架の上に流された血によって、普遍の契約として私と結んでくださったのでしょうか?ただ思えど思えど、あなたの一方的な恵みのゆえに、ただ無償に愛してくださるがゆえに、これほどのものを注いでくださることに言葉に尽くせない感謝を捧げます。私たちの初めであり、終わりであられる方に、とこしえに栄光がありますように。


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プロフィール
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新橋駅前広場にて、人生の真実を叫び続ける伝道者、ストリートメッセンジャーのTaka♪です。
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